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〈僕はこんな店で食べてきた〉浅草、向島、新橋、赤坂、神楽坂…。東京の花街の今昔

〈僕はこんな店で食べてきた〉

東京に残る花街の香り

現役最高齢の芸者、浅草のゆう子姐さんが亡くなった。

大正12年、東京生まれ。数えの13歳で浅草の置屋に奉公に上がり、16歳でデビュー。20歳で独立し、川端康成や田中角栄、美空ひばりなど各界名士のお座敷を務めた。平成13年度優良芸妓として顕彰され、花街芸能継承に尽力したという。

著書『いつでも今がいちばん。いきいきと、90歳の浅草芸者』によれば、目標は100歳まで現役。<百歳になっても音艶のある三味線を弾きたいと思います>と記していたが、2年前から体調を崩し、その夢はかなわなかった。

私がなんでこの報に驚いたかというと、ゆう子姐さんとは何度かお目にかかったことがあるからだ。実は僕と姐さんは邦楽の師匠が共通で、浅草にあるお稽古場でご一緒したことが何度かあった。
以前から名前は存じ上げていたが、実際にお目にかかるととてもきれいな方だったことにまず驚いた。当時90前後だっただろうか。背筋がピンとして、きりりとした着物を着て、とても腰の低い方だった。こんな方をお座敷に呼べるようになりたいものだと思ったが、現実に私が行った浅草の料亭は2回ほどだし、そんな身分ではないのはわかっていた。だが、浅草の料亭文化もきびしくなっている。

料亭文化はこれからどうなっていくのか

昭和初期には芸妓750名、置屋300軒、料理屋37軒、待合253軒を数えたが、2012年で料亭8軒、芸者35人まで減ったという。昨年には料亭から割烹に変わった「浅草田甫 草津亭」が破産、料亭「婦志多」も閉店した。外国人観光客で景気がいいんだろうと思っていたが、それは表面的なことらしい。

私がはじめて料亭を訪れたのは築地にあった「藍亭」。仕事の関係で連れて行っていただいたのが、1980年代後半のことだった。鮎のうまいことで有名な料亭だったが、番町、紀尾井町と移り変わり、いまは経営者も替って「紀尾井町 藍泉」という名の割烹になっている。

「紀尾井町  藍泉」外観 写真:お店から
「紀尾井町  藍泉」写真:お店から

その後、新橋や赤坂、神楽坂などの料亭にもご招待いただいたことはあるが、一番印象的なのは向島の「料亭きよし」。ある財界人にご紹介いただいて、若女将と話していたら大学の同窓生であることがわかって、以来うかがうようになった。

「料亭きよし」撮影:柏原さん

料亭独特のシステムや接待での使い方も彼女から教わり、どうしたら若い世代を料亭に呼び寄せられるかとずいぶん議論した。きよしも紹介制だからなかなかハードルは高いが、ネット経由なら一見さんでも予約可能だ。
といっても料亭なんて頻繁に通えるわけではないが、実は彼女の弟が向島にラーメン居酒屋「麺・酒処 らん亭」をやっていて、仕事帰りの芸者衆も気軽に寄っている。ビールとラーメン程度で隣に座った芸者衆と仲良くなれるかもしれないというわけだ。

「麺・酒処  らん亭」出典:あずまださん

同じように、現役芸者や元芸者がやっている店は花街にも多く、そんなところに通えば、花街文化を知ることもできる。
東京で一番格が高い花街の新橋には、清葉姐さんが経営しているバー「万葉」がある。若い世代が料亭を使わなくなっているので、ここで芸者衆と親しくなってお座敷も使ってほしいという思いで開店。西麻布のバーからバーテンダーが派遣され、若い経営者と芸者衆が楽しく飲んでいる。

銀座の小料理屋「和食亭 おかやす」も新橋の元芸者が始めた店だ。花街文化で生まれ育った彼女だけに客あしらいも見事で、大人の銀座の店はかくあるべし、というお手本のような小料理屋。板前が作る酒のアテも美味しく、こんなところでコースを頼むのは野暮というものだ。
赤坂の料亭街も近年は寂しくなった。今年3月には料亭から日本料理店に変化しながらも赤坂を見続けてきた「金龍」の閉店が発表された。赤坂の料亭街は繁華街から離れたところにあるが、金龍はみすじ通りのど真ん中にあって、人目を惹いた存在だっただけに残念だが、実は金龍、カジュアルな割烹を経営していて、そこに通えば料亭文化の香りを嗅ぐことができる。

若女将が四ツ谷駅前に開いた「りゅう庵」がそれで、ビルの地下に降りるとカウンターと個室があり、アラカルトでもコースでもいただける。料亭では仰々しいが、知っている店で楽に過ごしたいというニーズに合うのだろう、いつもにぎわっている。

「りゅう庵」 出典:辛口リースリングさん

そのほか、神楽坂にも芸者がやっているワインバー「Chika」や「bar 英」があるし、渋谷の円山町のおでん割烹「ひで」でも芸者を呼ぶことが出来る。

 

「Chika」外観 出典:さすらいのうぶちゃんさん

かつての花街の匂いを知っている芸者衆はいま、どんどん少なくなっている。料亭には行けなくても、こんなところに通えば、当時の雰囲気を味わえるなんて贅沢な楽しみだ。